名もなき日

91ersの遠吠え

優しくない

もしこれを読んでくれる人がいるならば、私のことがすごく面倒な人間だと思われる覚悟で書きました。単に優しいと言われたくない話ではなくて、その言葉を受け入れられなかったのはどうしてか、自分にとって優しさとはどのようなものかを振り返りたくて日記を書いたことを先に示しておきます。

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初対面の人に優しいと言われた。

そうですか、そう思うならあなたにとってそうなんでしょう。

と思えればいいのだけど、何か引っかかった。

 

別に他人と比べて特別優しい振る舞いをしているつもりはない。正直メリットがあると思うからだ。

仲の良い人、お世話になる人、尊敬する人の助けにはなりたい。その気持ちに間違いはない。それはその人と関係を繋ぎ続けられるメリットがあるから。

私の行動は関係性ありきのもので、関係性が無い人に気の利いた行動や自己犠牲をする気にはならない。初対面だろうと、少し話して尊敬できるとか仲良くなりたいと思えたなら私の中では関係性が生まれて、そこに行動は付いてくる。

だから例えば仕事でお世話になった人でも大金をすぐに貸せるかというと慎重に考える。そんな関係なら繋ぎ続けたくないと思うかもしれないし。

そして関係性は些細なきっかけで変わる。でもそれは相手も同じ。だから自分の行動も気を付けたいとは思う。至らないことばかりだけど。

あわせて、関係性を繋ぎたいと思う人の枠は凝り固めたくないと思っている。 鼓笛隊で一緒だった小学生の子たちの明るさや優しさに救われたことが何度だってあったように。

Twitterで知り合った人たちに励ましてもらったり、ふぁぼもらったり、面白い話を見せてもらっているように。

年齢や性別や生まれた場所の違いとかいろんな垣根に捉われないようにしていたい。結局それも自分のためだ。利己的でしかない。

 

忘れずにいたいのは、誰でも自分がしたことはされたことより多めに見積もりがちということ。あの人にあれだけ優しくしたのに優しさを返してくれないって思いたくはない。それ以上の優しさを別の機会に実はたくさんもらってたりするものだし。関係性を繋ぎたいならどちらが先とかどうでもいい話だと思う。

しかし聖人では無いので、私のことを傷付けようとする相手は見抜いてさよならしないといけない。

 

こうして言葉で言うのは容易いけど、近づきたいか離れたいかのボーダーラインで足踏みしてしまうことはたくさんある。隣人を皆愛することもできないし、気に入らない人とすっぱり縁を切ることも苦手だし、苦痛を与えることもたくさんあったしこれからもあるんだと思う。そんなこんなで私は優しくない。

 

結局、とある初対面の人に優しいと言われて正直あまりいい気分にならなかったのはその言葉が少ない根拠を基にした一方的な決めつけやコントロールのように聞こえたからだと思う。

こいつは優しい→でもよく話してみたらそうでもない→幻滅ってパターンになるだろうと思った。期待を押し付けないでほしい。

他にも「優しい人ですね」と他人に言い続けてたら、その人は自分が優しい人なのかもと思い始めて優しい振る舞いをしだすっていう話も聞いたことがある。

頼む、初対面でコントロールしないでくれ。

 

こんなことを考えてるので、すごく面倒な人間だと思う。

でも優しいと言われることが嫌なのではなく、根拠もなく優しいですねととりあえず言ってみたって感じが ありありとして嫌だったなという話。自分も同じように相手に味わわせたこと、きっとあるんだろうな。

 

なんか疲れたのでLINEが来たけど既読無視した。

私はそんな人間です。仲の良い人、お世話になる人、尊敬する人以外は黙ってフェードアウトしていくような人間です。

引きましたか?優しくないんです。

 

ライブは生きている

 

しまなみロマンスポルノのこと。

自分のための備忘録なので、9月9日に参戦予定だった私の行動とそのときの感情を時系列で並べただけです。

 

9日に参戦だったので、当日東京から新幹線に乗り込んだ。東京はよく晴れていた。前日は楽しみで落ち着かなくて眠れなくなってたら寝坊して待ち合わせ時間に起きた。新幹線に間に合ったのが奇跡でした。(ほんとごめんなさい)

 

しかし現地は豪雨だの、ついには避難警報が出ただので、友人とずっと窓の外を見て心配していた。窓の外は降ったり止んだりで、岡山は雨だったものの、福山近辺はほとんど降っていなかった。だから豪雨が信じられなかった。信じたくなかった。前日もそうだし、このぐらいの雨ならいけるでしょと思いたかった。

 

Twitterの公式アカウントには中止にしてください!とか早く決めて!のリプライが溢れていて、中止すべきというのが圧倒的にまともな判断なのはわかりきってたけど、お願いだからやってほしかった。

運営側からしたら冗談じゃないって話だけど、ここで死ぬなら本望だよと思った。バカみたいなのはわかってるけど、そう思ってた。

 

福山で降りて、友人がお手洗いに行く間にいた待合所で、スポーツ報知が流した「中止」の文字を見てしまった。

覚悟はしてたけど、涙が出た。

こんなに悲しいことがありますか。

 

あと2分で新幹線が出るので友人が帰ってきた。急いでエスカレーターに乗った。友人にいつ言おう。

新幹線に乗り込むために並んでいた人たちはまだ気付いていないみたいだった。

エスカレーターを上ってから、友人に中止だってと伝えた。

 

いやでもまだ公式発表じゃないし、間違いかもしれないし(失礼)って思って、新幹線に乗り込んだけど公式TwitterやLINEからも発表が来てしまった。もう間違いでもなんでもなかった。

乗客はほとんど全員が新幹線に乗ってまで来るようなポルノファンなものだから、車両全体から悲しみと戸惑いの声が聞こえた。

誰も悪くないけど、だからこそどこに向ければいいのかわからない悲しさだけが溜まっていった。

 

流されるままに新尾道で降りたら、これから駅を出る人と帰ってきた人でごった返していた。どうしようか考えていたら、「物販とフードエリアに行く方、バスはこちらです!」と係の方が案内してくれていた。

もうとりあえず行けるとこまで行こうと乗り込んだ。

 

バスでは聞き覚えのある声がして車内が静かになった。しまなみテレビの特別音声だった。でも、みんな悲しくて、はっさくメガネとメンバーがせっかく盛り上げてくれているのに、車内はずーんと重たい雰囲気だった。

乗客同士仲良くなれるように、隣の人に挨拶しましょうとか、初めてきた人は拍手!とか参加型の企画も組んでくれてたのに、誰一人何もしなかった。誰も悪くないし申し訳ないけど、本当に車内がお葬式だった。三人の嬉しそうな声が更に悲しさを加速させる。この人たちの音を1mmも聴けない、会えないという現実がのしかかる。

ライブは生き物って言うけど、ライブが死ぬってこんな気持ちなんだなって思った。

 

バスを降りてポンチョを引き換えた。

元々自分の分はポンチョ無しにしていたけど、仕事で参戦が難しくなった友人のチケットを預かっていたので引き換えた。

その子の魂も預かってきたはずだったのにな。

一着は友人の好意で譲ってもらったので早速着替えた。

 

グッズコーナーでバルーンを買った。

きっとみんなのカープで飛ばすはずだったんだろうな。青空に飛ばしてみたかった。使う日はもう来ないのに、ここに来た証が欲しくて買った。

 

フードエリアに行く前にお会いしたかった方とお話をした。たくさんの優しさをありがとうございました。現地情報にどれだけ救われたか。次は楽しい話をたくさんしたい。

 

足元が田んぼみたいになったフードエリアでご飯を食べた。お店の方はどこから来たの?って心配してくれた。雨足も強くなる中、写真を撮りまくって思い出作りに奔走した。

 

15時ごろにはフードエリアも閉鎖するということで泣く泣く外に出た。そりゃそうだ。撤収の方たちも大変なんだから仕方がない。

 

出口付近でははっさくんとポルノの写真のパネルがトラックに乗せられて撤収する間際だった。その日初めてポルノの二人の顔をちゃんと見た。因島を背景にした素敵な笑顔だった。

傘をさしたちびっこが「はっさっくん、はっさっくん」と歌いながら横を通り過ぎていった。

 

避難勧告の中、フードエリアと物販開けていたことに対して非難もあるみたいだし、ごもっともだと思う。でも結果論でしかないけど私はここに来れて本当に良かった。彼らが私たちに見せたかったものをほんの少しだけでも見れたことで救われた。それだけでもありがたかった。この気持ちは二日目だけの参戦で、全くライブを見られなかった人にしかわからないと思う。

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会場を後にして新尾道から尾道へ向かった。行きたいとずっと思っていたけどこんな形で叶うとは思ってなかった。商店街はやはり同志の皆さんがたくさん歩いていた。

レトロなおもちゃ屋さんや、お洒落なカフェ、まさかのゲストハウスなど新旧入り混じる楽しい空間だった。商店街に泊まるって楽しそう。

 

その後、雨足が強まってきたので再びポンチョを着て、猫の細道へ行った。雨だからか誰もいない急斜面を登った。迷っていたときに、飲食店のお兄さんが心配してくれて看板の見方を教えてくれた。そして「噂の雨など降らぬのポンチョですね」と話してくれた。

初めは普段使いできないから買うつもりがなかったけど、こうして会話のきっかけになってくれたしポンチョは良い思い出になったなと思った。時間が限られていて立ち寄れなかったけど、次はお兄さんのお店にもゆっくり行きたい。

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崖を降りてロープウェイ駅付近のお土産屋さんに立ち寄った。

ポンチョを着ていたので暑くなってしまい、はっさくジュースを頂いた。かき氷みたいに細かいジュースで出来た氷が入っていて、最後まで甘酸っぱくて美味しかった。

ここでも「今日は残念でしたね。どこから来たの?」と店員さんが心配してくれた。優しい。

18時近くになると付近のお店はどんどん閉まっていくようで、有線の蛍の光が流れていた。

商店街に戻ると同じくだんだんと閉まっていくようで、20時や21時閉店の小売業に従事していた身からするとなんてホワイトなんだと感動した。

 

バスに乗って新尾道まで戻った。

駅の売店に入るとヒトリノ夜の最後の方が流れていて、すぐにミュージック・アワーが始まった。たぶんベストを流してくれていたんだと思う。本当ならMアワも聴けたのかなと思うとまた悲しくなって、明るい曲なのに半泣きになりながら、しまなみドルチェのジェラートを買った。(瀬戸田レモン味、さわやかで美味しかった)

 

元々予定していた新幹線に乗りこむと思っていたより車内が空いていて、早く帰った人も多かったのだと思った。

 

福山で乗り換えてからTwitterを見ていた。セトリが書いてあるツイートは見る気持ちになれなかった。1日目の感想ツイートだって読む気にならなかった。

またいつか同じセトリでやってくれる気がして読みたくなかった。

 

一眠りして新横浜あたりで目が覚めたら、公式からもセトリ発表されていて、もう死んだものは生き返らないんだなって改めて感じ、セトリと感想を読み始めた。二人の笑顔がとても良かったって声がたくさんで、ほんとに故郷が大好きなんだと思った。

尾道市を協力につけ、故郷のテレビ局を四局も後援につけるポルノは間違いなく故郷の誇るロックスターだし、そんな故郷を思って被災地支援をし、何より初めから満面の笑顔になってしまうほど故郷を誇っているロックスターなんだと実感した。

一緒に笑いたかったな。

 

地元に帰って友人と別れ、帰宅した。

母がポルノファンなので一通り話をした。弟がよくわかってないのに「悲しいことも楽しいことに」などと言い出してなぜかよりによって「ラララ ライ!」と藤崎マーケットのネタを始めてしまい、ライラを思い出して逆効果だった。ライラも…聴きたかった…。

 

そんな感じで私のロマポルは終わった。

ライブは死んでしまったけど、誰も悪くないし、また新しいライブが生まれると信じて彼らを応援し続けます。と言えるぐらいには回復した。

ポルノで空いた隙間はポルノにしか埋められないから、そのときまで待ってます。

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ヨーカドーの社食

 

アリオだと無いけど、ヨーカドーには社食がある。(無いところもあると思うけど)

 

イオン系列も ららぽーとなども従業員休憩室はあれど、なかなか社員食堂があるところは無い。

手頃で温かくて美味しくて、おばちゃんも活気があって、なにより、最上階で見晴らしが良くて好きだった。

都会の街では無かったけど、青い空の下、果てしなく一軒家やマンションが立ち並んでいて、電車が走ってて、そこかしこに誰かの暮らしがあると思うと不思議な気持ちがした。

 

そこのヨーカドーには社会人二年目の6月から半年以上いた。

ヨーカドーの中のとあるテナントというのが正しいけど。

諸事情で人欠になり、店長(仮)として人員になりつつ、仕組みを立て直す必要なあり、私が行くことになった。

 

どう仕事をすべきかを身につけた貴重な半年間だった。

つらいこともたくさんあって最初の頃は家に帰っては疲弊しきっていた。

唯一の生きがいであるライブに行けなくなりそうになったり、すぐ辞めたけど足引っ張ってくる人がいたり、ほんとよく頑張ったなと思う。

その度に誰かに助けてもらってたおかげということを忘れずにいたい。

 

仕事中に泣くのはださいし、気を遣わせるのが嫌だから泣かないと決めていたけど、二回この店で泣いたことがある。

 

そのうちの一回。

とある女の子がパートで入ったものの、ちょいちょい遅刻してしまったり、動きが悪かったりで、今まで厳しく頑張ってきたベテランパートさんたちが怒ってしまった。

お互いに険悪になり、私も挟まれてしまった。

 

その子には遅刻したら事情を聞いて注意、動きが悪いのは私の教え方の問題だから、一緒について教えたりした。悪気は無くて、教えたら納得して実践してくれる子だった。

パートさんには今あの子も努力してるから、もう少し口調を抑えてあげてほしい、初めはみんな完璧にはできないと伝えながら、なんとか仕事を進めていたものの、食事が喉を通らなくなるレベルでストレスだった。

勝手にやってくれと何度願ったことだろう。

 

両者ともう一度しっかり話そうとしていた とある日の閉店間際のことだった。

店の電話が鳴ってアルバイトの学生の子が取ると、男が責任者を出せと言う。

えーと思いながら電話を取ると、女の子の彼氏だった。

 

うちの彼女が帰ってくると泣いている。

店長が怖いと言っている。

あなたのせいではないですか?

どういうことですか?

説明してください。

 

びっくりした。

私が怖い?

とりあえず彼に説明した。

 

まずは申し訳ありません。

事情として、遅刻してるんですよ、動きが遅いところがあるんですよ、で、ベテランの人が怒ってるんですよ。私からも注意してます。

たしかに口調が強いかもしれない。それも伝えていたところですが、そこは私の監督責任です。悲しませてしまっていることについては申し訳ありません。彼女がつらい思いをしないよう、私の方で注意します。

 

一気に話したら、じゃあ注意してくださいねと言われて電話が切れた。

こんなことがあったので注意しますと、とりあえず上司に報告した。

たぶんお前が口調強すぎるとは思えないから、誤解されてると思う。先輩を第三者として入れて面談させるから報告が欲しい。って返答だった気がする。

 

 

泣けてきた。

ボロボロ泣けてきた。

私は絶対に感情的に怒らないよう努力してきた。でも事実としてそう言われた。

嫌いな人がそうしていて、組織にとって悪影響そのものだったから。言うべきときは言わないといけないけど、この注意もダメなのか、そうか私のせいなのか。

どうしよう。もうこの仕事ムリだ。

そう思うと涙が止まらなかった。

 

とっくに閉店時間を過ぎていたので、蛍の光が流れる中、バイトの子たちがレジの精算をしていた。

泣いてるわけにもいかないので、精算に合流するものの、泣けてしょうがなかった。学生にびっくりされた。

 

翌々日のその子の出勤する日、お腹が痛くて仕方なかった。

でもその子は朝一、私の顔を見るなり、ごめんなさい!と頭を下げて謝ってきた。

 

泣いていたのは事実だった。彼氏に聞かれたから職場のことでと話したら、勝手に電話してしまっていた。店長が怖くて嫌だなんて話してなかった。ごめんなさい!と謝られた。

どこまで本当かわからないけど、嘘とも思えなかったので、私も注意するけど、お互い協力して仕事やろうねって言ってそれは終わった。

 

その後はその子も遅刻が減って、少しずつ動きもわかってきて、笑顔も見えるようになった。そうなると、ベテランさんも少しずつ納得してくれて、その子にもいろいろ教えてくれるようになった。

 

結局引っ越すことになったと言って、その子は辞めた。その子にはもっと向いてる職があったと思う。

お騒がせな子だったけど、元気でやってるかな。ハムスター飼うことにしたんです!って社食でご飯食べた後、笑顔で画像を見せてくれたことを今でも覚えてる。

 

なぜかヨーカドーの社食を思い出したので書いた。

みんな、元気かな。

 

 

 

誰かの息遣いという意味のブレス

 

ブレスの感想です。私が感じたテーマは主に3つ。

①世間的に良いと思われる一面だけで人間は生きていけないということ(それを受け入れること)

②一歩進むことの必要性

③一人きりではないということ

 

メインテーマが①,②で、③は一切言葉にされていないけど音に仕掛けられている感じ。あえて言葉にしないことで、①②がちゃんと映えるのかなと。音楽っていいなとこういうときに思う。

 

この3つの軸で思ったことを書いてみます。

 

①世間的に良いと思われる一面だけで

人間は生きていけないということ

(それを受け入れること)

・人間の中にある要素とその比喩になる反対語の並列(ポジティブとネガティブなど)

・肯定の言葉(君はもう十分頑張っている など)

の二つでこのテーマが成り立っているのは明白なので細かく書かないけど、レトリックとして、最後のたたみかけ倒置法比喩がおもしろいと思った。

「晴れた日も雨の日もあるように」

「朝と夜が今日も巡っていくように」

「出会いとさよなら繰り返す旅人のように」

って終わる。終わっちゃう。

「旅人のように」なんなんだ。

 

たぶん順番的に通じるようにしたらこうだと思う。

「晴れた日も雨の日もあるように

朝と夜が今日も巡っていくように

出会いとさよなら繰り返す旅人のように

メロディは音符と休符が作る

ブレスの出来ない歌は誰も歌えやしない」

しっくりこないけど。最後にたたみかけられると説得力があるのはどうしてなんだろう。

晴一先生、どうしてなんでしょうか。

 

②一歩進むことの必要性

二番が自分の道を行きなさい、未来は迎えには来ないけど待ってるよってメッセージなので、ちゃんと自分の足で歩けって言ってくれるところがポルノっぽくて好き。

ポルノらしさってなんだろうと考えたときに、そのひとつとして背中の押し方のことを書いたけど、今回も当てはまってると思うんですがどうでしょう?

背中の押し方 - 名もなき日

 

③一人きりではないということ

「ブレスのできない歌は誰も歌えやしない」って歌詞からタイトルが来ているはずだけど、誰かのブレスでもあるのかなと思う点がいくつかあった。

・鳥の鳴き声のようなイントロの一番初めのギターの音

・サビ前の軽いパーカッションの音

→「何か変えろと迫られ」の後や「壮大な旅の途中さ」のバックなど

・間奏の声のような音

・最後の子供たちのコーラス

全部音なものだから、伝わるか不安だけど、ここに挙げたものは、聴き手でもストーリーテラーの昭仁さんでもない誰かの気配や息遣いだと思う。気がする。

①,②で示した、聴いてる人をまるごと肯定してくれて、一歩進む勇気をくれる歌っていうのがメインテーマだと思うけど、それを支えるポイントのひとつに、見守ってくれている誰かの息遣いが聞こえる。言葉にされてないから、本当のところ、そういう意図を持って作られたかは正直わからないけど。

もしこれもテーマのひとつだったなら、ポケモンの映画のコピーになっている「一人じゃできないこともキミとなら」とうまくつながっていると思う。

どんなに自分は一人だと思ってても、たった一人の力では生きるのは出来なくて、そこにはキミの力が必要なんだよって隠れたメッセージ。

でもそこを文字通り「一人じゃない」とは一言も発していないのがメインテーマを潰さない工夫なのかなと思う。

 

そんな感じです。

他の曲聴くと頭いっぱいになると思って書き終えるまで聴けなかったけど楽しみ!

ライラ!海月!ロッキン!

(たたみかけてみた)

 

比べるという病

幸せってなんだろう。

ご飯が食べられること、よく眠れること、仲良くしてくれる人がいること、好きなものを愛せること、絵が描けること、歌えること、笑えること、好きな服が着られること、など。

たくさんあるのにね。

 

私は誰かと比べては出来ていないことを見つけ、それらが全く受け取れなくなることが多々ある。

仕事ができない、絵が下手、魅力がない、したいことができてない、描いていた将来にたどり着けないなど。

そんなの、全部叶えている人なんてそう滅多にいないことも知っている。

 

誰かよりなにかができることに幸せを感じるわけではなく、あくまで自分が納得したら幸せ。

そのハードルは高い。もっと出来るはずって気がしてしまう。自信が無いくせにしたいことを諦めきれない。

非常にめんどくさい。

 

したいことは全て叶えたい貪欲さと、一つでもうまくいかなければ自信を失う完璧主義と、諦めの悪さを飼いながら生きてきてしまった。

良く言えば向上心の塊。

悪く言えば自己否定の塊。

 

小さな幸せを大事にすることが大切で、自己肯定感の積み重ねをしていこうと昔から取り組んできた。

心理学についての話を片っ端から読み漁ったこともある。

ありのままを受け入れる、愛されたいときは自分から愛す、自分を幸せにできるのは自分しかいない、など大事な考え方に出会えた。

 

そこから、出来ることはやっていこうと学生の間も取り組んだものの、自分の内なる批判の声がどんなときも響いていた。

そのまま大人になってしまって、批判の声がどんどん大きくなるようになってしまった。

 

比べるのをやめればいいと思う。

でも比べるのをやめたら、本当に幸せなのだろうか。

向上心まで失うのではないか。

それがなくなったらもっと堕落していくのではないか。

自分を蝕む病巣と自分を自分たらしめている根幹が癒着しているように思う。

だからそれを見て見ぬ振りをするために、叶わないものを諦めるために、もっと前に進むために、ハードワークをしていたように思う。

 

 

何度も起こる同じような問題は、自分の成長を知るための試練という考え方もあるらしい。

ここを乗り越えるために何をすべきなんだろう。

 

がっかりしたかい?

小僧の僕 マイケルにはなれなかった

ああ ただ僕は 大好きな幸せの種を手に入れた

 

って言うけどさ、

マイケルになりたくて諦められなかったら

どうしたらいいの

 

 

 

 

 

背中の押し方

 今日は大好きなポルノグラフィティの背中の押し方について語ります。

聴いたことが無い人には魅力に気付いてもらえたらありがたいし、 聴いたことがある人には共感や異論の意見でも共有できたらいいなと思います。

 

ポルノの魅力は語り尽くせないほどありますが、背中の押し方が上手いってところをこれから力説します。

上手い背中の押し方って何だろうという話ですが、私は以下の3点のバランスの良い混ざり方だと考えます。

①きれいごとばかり書かない(現実的描写)

②聴き手を見捨てない(受容)

③聴き手自身の力で立ち上がらせる(激励)

 

あくまで背中の押し方について言えば、どれかひとつだけの要素だけでは心には響きにくいのかなと思う。 

 

せっかくなのでいろんな歌の好きなポイントをたくさん書きたかったけど、書いても書いても終わらなくなってしまったのでTHE DAYを例にします。

 

THE DAY

晴一さん作詞。

THE DAY - ポルノグラフィティ - 歌詞 : 歌ネット


ポルノグラフィティ 『THE DAY』(Short Ver.)

 

この曲、というか晴一さん詞は物語的な面が強い傾向があるように思います。

(個人の感想)

通して聴いたときにお話として完結して、伝えたかったことがしっくりくる感覚が大きいので、最初から流れを追っていくことにします。

 

主人公が抱く悔しさが滲む冒頭。

静けさがしみ込むようで息を止めた午前5時
非常階段で爪を噛む 明日はどっちだ? THE DAY HAS COME

 

このサビの後から1番へ。

悔しさの理由につながる出だしからいきなり衝撃的。

けして明けない夜も 降り続けてやまない雨も
このろくでもない世界にはあるんだよ

現実では明けない夜は無いし、止まない雨も無いんだけども、ここで言ってるのはきっと心の中のお話。

 

明けない夜は無いさって言うのは簡単だ。

そしてそれも現実では本当のこと。

でも、心の中の夜はなかなか明けなかったり、心の中の雨はずっと降り続いたりする。

一見救いの無い現実を突きつけたと見せかけて、これは受容だと思う。

この後にも受容の言葉が続く。

少しも変ではないの まどろみに足を取られてる
あなたを責めているわけじゃないんだよ

 

そして、サビの言葉。

行く当ても DON'T KNOW DON'T KNOW 本当は怖いんじゃないの?

踏み出すその一歩一歩が変えていけるさ THE DAY HAS COME

行く当てなんか無いし、一歩ずつしか歩けないかもしれなくても、歩くことには価値があると背中を押してくれる優しさ!

決して止まることに価値が無いとか悪だとかって言ってるのではなく、本当は怖いかもしれないけれど、それでもあなたが進むのなら何かを変えられるよってスタンスの激励が私は好き…。

 

で、最後の大サビで現実と希望を描く。

果てしない Real Survivor 足を引っ張りあう
生き残ったものが勝者で 「FAIR」などは幻想

忍び寄る Secret Hunter 語るのは 天下国家
非常階段で爪を研ぐ 明日はどっちだ? THE DAY HAS COME

足を引っ張り合うドロドロな世界もあれば、公平な世界など無いですよと説いた後、一番最初に非常階段で爪を噛んでいた子がそれでも何かを変えようと爪を研ぎ始めて終わる。

今回伝えたい事と少しそれてしまうけれど、ここで最初の伏線を回収する手法に、感服した。この手法があるから、受容と現実と激励の一連のメッセージがお話を読むように心に入ってくると思う。

 

結論、「現実は険しい。そんな中でもがいたり悩んだりする。でも頑張ると決めたなら自分の足で頑張れや」っていうスタンスのポルノが好き。

という話でした。

他にこうだと思うという要素があればぜひ教えてください。

 

実はMontageもおもしろいって文を900文字以上書いてましたが、まとまらなくなったのでやめました。

歌詞語りは楽しいね。

 

 

 

諦められるもの、諦められないもの

いつも通り、まとまりの無い日記です。

 

私は友達の前で無理が出来ないので、素敵なお店は教えてもらっちゃうし、料理が来たらお皿に取ってもらっちゃうし、お好み焼ももんじゃも焼いてもらっちゃうし、ありがとうって言ってやってもらってしまう。

いつも本当にありがとう。

 

もちろん、やれることはやるけど。

時間やお店調べたりもするし、取り分けたりもする。

嫌いでは無いことはちゃんとやります。

仕事であれば嫌いでもちゃんとやります。

ただ、めっちゃ不器用なので技術として苦手なことは助けてもらうことが多い。

 

 

昔からかなり不器用なので、物事に慣れるまで時間がかかる。

人間として生きるのが一回目なんだと思う。

私の周りの人は大体それを知っているので、最初にえっ、と驚きながら助けてくれる。

すいません、ありがとうございます。

上司や先輩も不器用なのを知ってたので助けてもらってました。

ほんとすいません、ありがとうございました。

 

悔しいと思うこともあるけど、やってもらえるとラクなので甘えさせてもらうことが多々ある。

どうにもならないことは諦めて受け入れた方がラクなので、適材適所ということでここはひとつ、これからもよろしくお願いします。

(頑張るけどね!)

 

 

苦手なこととして、もうひとつ。

絵が下手だと思ってる。

描きたいものが描きたいように描けない。

それでもなんとか繕って、いってみようと思ったものを人目に晒してみる。

そして上げてから、あーーー下手ーー!って毎回思ってる。

毎回毎回思ってる。

あーーーー下手ーーーーー出直してーーーーーって。

それでもこっちは諦めたくなくて、どうにか続けてみている。

元々絵を描くアカウントじゃなかったし、絵を晒す人間じゃなかったから、ブロックしないでいてくれる方々には本当に感謝しかない。

 

 

昔から絵を描くのは好きだった。

でも絶対人目に晒さないようにしてきた。

自信がなかったから。

それと、描きたいところに一点集中して飽きるから。

顔か服か描けたら飽きるので、その他をめっちゃ適当にしてしまう。

 

ある時、人目に晒さないようにしてきたツケは大きいとふと思った。

とうらぶが好きになって、綺麗な絵が描きたいと思った。

原作にストーリーはあれど、妄想膨らませてなんぼのジャンルだったので。

そんなこんなで、綺麗な絵にするには晒して磨いていく必要があると思った。

細かいところにちゃんと気を遣いなさいと自戒を込めて晒す。(苦手だけど)

だから、晒し続ける。(そして結構すぐ消す)

いつまで続くかわからないけど。

 

今は泥水でも、数年後にもう一度リメイクするつもりで描いてる。

 

何故かこっちは諦めきれなかったんだ。

Twitterにしても、インスタにしてもふぁぼくださる人がいたら嬉しいんだ。

自分の視点で見えたものは少しは間違いじゃなかったかなって思える。

 

生きる上では、いろいろな苦手と付き合わないといけないわけですが、付き合わせてる皆さんすいません。

いつもありがとうございます。

 

もし嫌だったらあなたの心を守るために離れてください。

それは悲しいけど仕方がないことだから。

 

 

それでも構ってくれるみなさんに。

本当にありがとう。