名もなき日

91ersの遠吠え

ライブは生きている

 

しまなみロマンスポルノのこと。

自分のための備忘録なので、9月9日に参戦予定だった私の行動とそのときの感情を時系列で並べただけです。

 

9日に参戦だったので、当日東京から新幹線に乗り込んだ。東京はよく晴れていた。前日は楽しみで落ち着かなくて眠れなくなってたら寝坊して待ち合わせ時間に起きた。新幹線に間に合ったのが奇跡でした。(ほんとごめんなさい)

 

しかし現地は豪雨だの、ついには避難警報が出ただので、友人とずっと窓の外を見て心配していた。窓の外は降ったり止んだりで、岡山は雨だったものの、福山近辺はほとんど降っていなかった。だから豪雨が信じられなかった。信じたくなかった。前日もそうだし、このぐらいの雨ならいけるでしょと思いたかった。

 

Twitterの公式アカウントには中止にしてください!とか早く決めて!のリプライが溢れていて、中止すべきというのが圧倒的にまともな判断なのはわかりきってたけど、お願いだからやってほしかった。

運営側からしたら冗談じゃないって話だけど、ここで死ぬなら本望だよと思った。バカみたいなのはわかってるけど、そう思ってた。

 

福山で降りて、友人がお手洗いに行く間にいた待合所で、スポーツ報知が流した「中止」の文字を見てしまった。

覚悟はしてたけど、涙が出た。

こんなに悲しいことがありますか。

 

あと2分で新幹線が出るので友人が帰ってきた。急いでエスカレーターに乗った。友人にいつ言おう。

新幹線に乗り込むために並んでいた人たちはまだ気付いていないみたいだった。

エスカレーターを上ってから、友人に中止だってと伝えた。

 

いやでもまだ公式発表じゃないし、間違いかもしれないし(失礼)って思って、新幹線に乗り込んだけど公式TwitterやLINEからも発表が来てしまった。もう間違いでもなんでもなかった。

乗客はほとんど全員が新幹線に乗ってまで来るようなポルノファンなものだから、車両全体から悲しみと戸惑いの声が聞こえた。

誰も悪くないけど、だからこそどこに向ければいいのかわからない悲しさだけが溜まっていった。

 

流されるままに新尾道で降りたら、これから駅を出る人と帰ってきた人でごった返していた。どうしようか考えていたら、「物販とフードエリアに行く方、バスはこちらです!」と係の方が案内してくれていた。

もうとりあえず行けるとこまで行こうと乗り込んだ。

 

バスでは聞き覚えのある声がして車内が静かになった。しまなみテレビの特別音声だった。でも、みんな悲しくて、はっさくメガネとメンバーがせっかく盛り上げてくれているのに、車内はずーんと重たい雰囲気だった。

乗客同士仲良くなれるように、隣の人に挨拶しましょうとか、初めてきた人は拍手!とか参加型の企画も組んでくれてたのに、誰一人何もしなかった。誰も悪くないし申し訳ないけど、本当に車内がお葬式だった。三人の嬉しそうな声が更に悲しさを加速させる。この人たちの音を1mmも聴けない、会えないという現実がのしかかる。

ライブは生き物って言うけど、ライブが死ぬってこんな気持ちなんだなって思った。

 

バスを降りてポンチョを引き換えた。

元々自分の分はポンチョ無しにしていたけど、仕事で参戦が難しくなった友人のチケットを預かっていたので引き換えた。

その子の魂も預かってきたはずだったのにな。

一着は友人の好意で譲ってもらったので早速着替えた。

 

グッズコーナーでバルーンを買った。

きっとみんなのカープで飛ばすはずだったんだろうな。青空に飛ばしてみたかった。使う日はもう来ないのに、ここに来た証が欲しくて買った。

 

フードエリアに行く前にお会いしたかった方とお話をした。たくさんの優しさをありがとうございました。現地情報にどれだけ救われたか。次は楽しい話をたくさんしたい。

 

足元が田んぼみたいになったフードエリアでご飯を食べた。お店の方はどこから来たの?って心配してくれた。雨足も強くなる中、写真を撮りまくって思い出作りに奔走した。

 

15時ごろにはフードエリアも閉鎖するということで泣く泣く外に出た。そりゃそうだ。撤収の方たちも大変なんだから仕方がない。

 

出口付近でははっさくんとポルノの写真のパネルがトラックに乗せられて撤収する間際だった。その日初めてポルノの二人の顔をちゃんと見た。因島を背景にした素敵な笑顔だった。

傘をさしたちびっこが「はっさっくん、はっさっくん」と歌いながら横を通り過ぎていった。

 

避難勧告の中、フードエリアと物販開けていたことに対して非難もあるみたいだし、ごもっともだと思う。でも結果論でしかないけど私はここに来れて本当に良かった。彼らが私たちに見せたかったものをほんの少しだけでも見れたことで救われた。それだけでもありがたかった。この気持ちは二日目だけの参戦で、全くライブを見られなかった人にしかわからないと思う。

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会場を後にして新尾道から尾道へ向かった。行きたいとずっと思っていたけどこんな形で叶うとは思ってなかった。商店街はやはり同志の皆さんがたくさん歩いていた。

レトロなおもちゃ屋さんや、お洒落なカフェ、まさかのゲストハウスなど新旧入り混じる楽しい空間だった。商店街に泊まるって楽しそう。

 

その後、雨足が強まってきたので再びポンチョを着て、猫の細道へ行った。雨だからか誰もいない急斜面を登った。迷っていたときに、飲食店のお兄さんが心配してくれて看板の見方を教えてくれた。そして「噂の雨など降らぬのポンチョですね」と話してくれた。

初めは普段使いできないから買うつもりがなかったけど、こうして会話のきっかけになってくれたしポンチョは良い思い出になったなと思った。時間が限られていて立ち寄れなかったけど、次はお兄さんのお店にもゆっくり行きたい。

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崖を降りてロープウェイ駅付近のお土産屋さんに立ち寄った。

ポンチョを着ていたので暑くなってしまい、はっさくジュースを頂いた。かき氷みたいに細かいジュースで出来た氷が入っていて、最後まで甘酸っぱくて美味しかった。

ここでも「今日は残念でしたね。どこから来たの?」と店員さんが心配してくれた。優しい。

18時近くになると付近のお店はどんどん閉まっていくようで、有線の蛍の光が流れていた。

商店街に戻ると同じくだんだんと閉まっていくようで、20時や21時閉店の小売業に従事していた身からするとなんてホワイトなんだと感動した。

 

バスに乗って新尾道まで戻った。

駅の売店に入るとヒトリノ夜の最後の方が流れていて、すぐにミュージック・アワーが始まった。たぶんベストを流してくれていたんだと思う。本当ならMアワも聴けたのかなと思うとまた悲しくなって、明るい曲なのに半泣きになりながら、しまなみドルチェのジェラートを買った。(瀬戸田レモン味、さわやかで美味しかった)

 

元々予定していた新幹線に乗りこむと思っていたより車内が空いていて、早く帰った人も多かったのだと思った。

 

福山で乗り換えてからTwitterを見ていた。セトリが書いてあるツイートは見る気持ちになれなかった。1日目の感想ツイートだって読む気にならなかった。

またいつか同じセトリでやってくれる気がして読みたくなかった。

 

一眠りして新横浜あたりで目が覚めたら、公式からもセトリ発表されていて、もう死んだものは生き返らないんだなって改めて感じ、セトリと感想を読み始めた。二人の笑顔がとても良かったって声がたくさんで、ほんとに故郷が大好きなんだと思った。

尾道市を協力につけ、故郷のテレビ局を四局も後援につけるポルノは間違いなく故郷の誇るロックスターだし、そんな故郷を思って被災地支援をし、何より初めから満面の笑顔になってしまうほど故郷を誇っているロックスターなんだと実感した。

一緒に笑いたかったな。

 

地元に帰って友人と別れ、帰宅した。

母がポルノファンなので一通り話をした。弟がよくわかってないのに「悲しいことも楽しいことに」などと言い出してなぜかよりによって「ラララ ライ!」と藤崎マーケットのネタを始めてしまい、ライラを思い出して逆効果だった。ライラも…聴きたかった…。

 

そんな感じで私のロマポルは終わった。

ライブは死んでしまったけど、誰も悪くないし、また新しいライブが生まれると信じて彼らを応援し続けます。と言えるぐらいには回復した。

ポルノで空いた隙間はポルノにしか埋められないから、そのときまで待ってます。

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